高市政権が強行をもくろむ「皇室典範改正」旧宮家案ーその正体は…

悠仁さま→敬宮さまの流れはあり得ない

「とりあえず悠仁さまが天皇になって、その後にゆったりと敬宮さまになってもらいましょう」という人たちがいる。

そうはならないのだ。
男系男子派のお題目は

「悠仁さままではゆるがせにしてはならない」であるが、
同時に
「悠仁さま以降は女性天皇もあり」
「女性天皇を否定するわけではない」という人たちもいる。
選挙前の高市氏のように。

この言葉に惑わされるのだろう。

悠仁さま、つまり秋篠宮家に皇統が移った時点で、敬宮さまは傍系になってしまうことを忘れてはならない。

その先で、女性が皇位継承権を得られたとしても、敬宮さまの皇位継承順も身位も秋篠宮家(とその子孫)より下になっているのだ。


現在の皇室典範による皇位継承

ここでは、現在の皇位継承、皇統構造はどうなっているかを見てみよう。

秋篠宮さまは、婚姻し秋篠宮家、つまり「宮家」の当主となった傍系である。

兄である徳仁親王、現在の天皇陛下が皇太子(次期天皇確定)であった。

今上陛下から、
傍系である弟の秋篠宮さまへ。
その長男の悠仁さま
と流れることになる。

直系から傍系に。

旧宮家復帰案とは何か

さて、では旧宮家復帰案を見てみよう。

前の記事でも記した図だが、
旧宮家とは、およそ600年前に現在の皇統から枝分かれした系統である。
「愛子天皇論」を止め続けるものは何か― 旧宮家復帰で「皇室の中身」が入れ替わる皇位継承案

その子孫が戦後、皇籍から外され「民間人」となった。
その時点で80年前の話。

旧宮家の皇籍復帰と言っても、民間人として生まれ育った男子が皇室に入るのだ。
つまり、国民にとっては「あなたはどなたですか?」状態だろう。

枠線の中が旧宮家である。

旧宮家の男子が、現実として皇室入りするかどうかは不明。
既に応じられないと表明されたという話も週刊誌報道では目にした。
具体的な復帰の仕方など、その点の議論もなされていない。

個人的には、非現実的で具体性に欠ける案であり、絶対に女性天皇は誕生させないとの時間稼ぎではないかと感じている。

旧宮家復帰案は「安定的皇位継承」のための「皇族数確保」と位置づけされている。

しかし、安定的皇位継承なら、「女性にも皇位継承権を」となるのが現代的な自然な流れではないだろうか?

1990年にそれまでの男子優先から長子優先に変更したノルウェーは、国民からの反対はほぼなくスムーズに移行したという。
そして、日本でも2006年1月には「女性天皇・女系天皇共に認める。長子優先」とする法案が、小泉純一郎首相(当時)によって今国会で提出すると宣言されていたのだ。
男系男子では、いずれ途絶えるしかないとされたからだ。

それは、旧宮家男子を皇族にしても、結局は同じではないだろうか。

何故その系統だけが対象なのか

高市氏は、今国会で子どもの自殺予防について問われた際、命は親や祖父母、そのまた先へと連なる膨大な先祖の積み重ねの上に成り立つという話で応じた。
7代前まで遡れば、直系だけで250人を超える先祖につながると。
それほど命は重いもの、奇跡なのだといったところだろうか。

子どもの自殺対策としては、私にはとんだ的外れに聞こえたが、命を「長い系譜の先にあるもの」「系譜の中の一部」と捉える、高市氏個人の生命観・系譜観が強く出た発言だった。

では、皇室の歴史。

7代で250人を超える先祖につながるというなら、600年に及ぶ皇統の系譜は、なおさら無数の枝分かれを持つはずである。
無限の樹形図と言っていいだろう。
その中から、特定の旧宮家系統だけを制度内に戻すなら、それは血統の自然な連続というより、制度的な選別ではないだろうか。

「戦後まで宮家だった」という説明は、現在の民間人を再び皇族にする根拠そのものにはならない。
それは、過去の身分の説明であって、現在の制度変更の正当化とは別問題である。

問われているのは「昔、宮家だったか」ではなく、
「今、なぜその系統だけを制度内に戻すのか」である。

高市氏は『命は先祖からの積み重ね』を述べた。
その論理に従うなら、今この瞬間、今上陛下から最も近い血筋として繋がっている敬宮さまを排除し、600年前の遠い枝葉を連れてくることこそ、皇統という「命の連なり」に対する冒涜ではないだろうか。

本当に「皇族数確保」なのか

旧宮家の皇籍復帰案とは、皇族数確保と言いながら、その中身は単なる人数補充ではない。
敬宮愛子内親王殿下への皇位継承の可能性を見直さないまま
将来の継承ルートに別系統を組み込む、設計変更の案である。

つまり端から女性天皇の議論すら放棄している証なのだ。


旧宮家案を取り入れた場合、どうなるかを見てみよう。

図の左側を見てもらえれば、単に皇族になるだけではなく、その子孫が天皇になる可能性がお分かりになるだろうか。

中身は将来の継承ルートそのものを変える話である。

悠仁さましか若い男性皇族がいない現状。
将来、悠仁さまが「独身」「子がいない」「女子」であり、旧宮家筋の子孫の男子がいた場合、また混沌とするであろう。
男子が居なければ、皇室は絶えるだけだ。
もしその時に「悠仁さまの娘に」という案が出たとして、国民に受け入れられるであろうか。
敬宮さまがはじき出され
る状況を見た国民が。

直系である敬宮さまは、皇族としての子孫は残せない。女子というだけで。
今現在、民間人である男性は皇族となり、その子孫も皇族、そして皇位継承権を持つ。男子というだけで。

もし女性にも皇位継承権が得ることになっても、記事冒頭で話した通り、敬宮さまは皇統から遠く傍系となっており、旧宮家の流れより下になっている可能性があるのだ。

「悠仁さまに男子が生まれれば問題ない」との反論はあるだろう。
しかし、論点はそこではない。
直系の子孫を外したまま、民間人の特定系統を制度内に入れ、その子孫に継承可能性を開く制度を作る
こと自体が問われている。

旧宮家系の男系男子だけを、現在は一般国民であるにもかかわらず皇族に戻す構想は、憲法14条の禁じる「門地による差別」に当たるのではないか、という批判を免れないだろう。
実際、この点は有識者会議でも「整理する必要がある論点」とされている。

男系男子ーいつからこんな不条理が制度が?

事実として申せば、「男系の男子」と定められたのは、明治22年、「大日本帝国憲法」と同時に施行された「皇室典範」である。
https://akitsu-eyes.com/break-away-from-the-meiji-era/

富国強兵を進めた明治の国家にとって、天皇の権威と神聖性を高めることは非常に重要だった。

明治22年に明文化されてしまった

江戸時代までは、現在のような「男系男子」原則が明文化されていたわけではない。
実際、明治時代でも制度設計の初期段階では、女性・女系による継承を含む案も存在していたのだ。
それが、井上毅の意見を契機に、明治22年の旧皇室典範では「男系の男子」へと固められたのである。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190910143s.pdf

つまり、これは古来よりの絶対原則ではなく、明治国家が制度として整えたものだ。

なお、明治22年は1889年。
2026年の今より、140年も経っていない。

※なお、明治時代の皇室典範は、憲法と同等の絶対的なものであったが、現在の皇室典範は日本国憲法の下位にある「法」である。

男系男子とは憲法ではなく皇室典範で決められている

日本国憲法(e-Gov法令検索より)

戦後定められた日本国憲法では「世襲」としか定められていない。

以下は皇室典範

皇室典範(e-Gov法令検索より)

この皇室典範で定められている。

皇室典範は、戦後憲法の下位法となったものの、この「男系男子」が残ってしまっている形なのだ。。

果たして、600年前まで遡らねば皇統にたどり着けない旧宮家、その子孫が、私たちが今知る皇族方の「世襲」であるのか。
明治時代からの「男系男子」縛りが、はたして令和以降も続けねばならない伝統なのか否か。

現行法では…

高市氏は、蓮舫氏の「愛子さまは天皇になれるのか」との趣旨の国会質問に対し、
「皇室典範にて男系男子が皇位を継承すると定めている。ですから認められません」と答えている。

たしかに、現行法では認められていない。
だからこそ、法を変えるかどうかを議論すべきなのである。
私たちが「皇室典範改正を」と訴えてきたのも、そのためだ。

皇統を安定的にするためには、今、女性にも皇位継承権を認めることが最善だと私は考える。
それだけで、安定の可能性は大きく高まる。
にもかかわらず、「愛子天皇がいいなあ」述べただけの人が「反日外国人!」などと罵られている。そんな現状が異様なのだ。

法を変えることができるのは、国会だけだ。
そして、どのように変えるかは、密室で決めてよい話ではない。

「有識者会議」その言葉の欺瞞

「有識者会議で結論が出た」と言えば、もっともらしく聞こえる。
皇室に詳しくない人ほど、それが専門家たちが出した答えだと誤認するかもしれない。
しかし、それで議論が尽くされたことにはならない。

問うべきは、その有識者会議に、誰を集め、どの選択肢を狭め、何を前提に結論へ導いたのかである。
そして、その結論が、どのような議論の積み重ねの末に出されたものなのかも、問われなければならない。
その過程を検証せずに「有識者会議で結論が出た」とだけ言うのは、欺瞞と言えるのではないだろうか。

最上段の図に記した通り、現在、法的に次の天皇が確定した地位である「皇太子」は空位である


秋津まなこ

※ 使用した図は秋津が作成しています。
ご使用の際は明記をお願いします

参議院「『安定的な皇位継承』をめぐる経緯」https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190910143s.pdf

内閣官房「皇室典範に関する有識者会議 報告書(平成17年11月24日)の概要」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/taii_tokurei/dai1/siryou6.pdf

国立国会図書館デジタルコレクション「皇室典範に関する有識者会議報告書」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3531374_po_houkoku.pdf?contentNo=1

e-Gov法令検索 日本国憲法 https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION
e-Gov法令検索 皇室典範 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000003