当記事(#01)は、
福井大学准教授 教え子殺害事件 通称・【赤とんぼ先生殺人事件】について、
刑事・民事の裁判経過と、関連する制度を整理します。
判決の是非や評価は、次稿で扱います。
なお、本件を皇室関連の文脈で期待されていた方には申し訳ありませんが、本記事では扱いません。
1,事件概要
・2015年3月、福井県勝山市内で被害者Sさんが、被告人Mにより絞殺された事件
(「赤とんぼ先生」が起こした文脈で報じられる)
| 氏名等 | メモ | |
| 被告人・受刑者・被告 | M | 元福井大教職大学院特命准教授(事件当時42) |
| 被害者 | Sさん | 首都圏の大学院生(事件当時25) |
| 刑事裁判 | 福井地方裁判所 (裁判員裁判) | 入子光臣裁判長 初公判2016/9/12 判決2016/9/29 |
| 民事裁判 | 千葉地方裁判所 東京高等裁判所 | 一審・初公判2017/5/10 判決2021/01/13 控訴棄却 |
※裁判所:福井地方裁判所(裁判員裁判)
【地域差メモ】福井地裁(1号法廷/傍聴券70枚超の扱い)=後「裁判員裁判における地域差」記事で使用
| 被告人M | 2009年より、首都圏の大学の非常勤講師を務める。 2011年度より、勝山市環境保全コーディネーターとして、市の環境教育をけん引。 13年4月より福井大教職大学院特命准教授就任。 環境教育を県内に定着・発展させる研究に取り組む (事件翌日、福井大文教キャンパスに出勤している) |
| 被害者Sさん | 被告人が非常勤講師を務める大学に、学部生として在籍。 2011年、同容疑者が勝山市で開く※野外実習(大学3年時)に参加し、赤とんぼ研究に熱中。 13年度より、活動拠点を勝山市に移す。 赤とんぼフォーラムで発表を行うなど、精力的に研究を行っていた。 |
時系列と経過
時系列(事件〜刑事裁判・判決確定)
出典:すべて 福井新聞(翌日付アーカイブ)
※本表では、検察側・弁護側・被告人など各立場からの主張や供述が含まれます。
それらは、事実として確定したものとは限らず、また裁判にて否定されたものを含む点に留意してください。
2015/03/12 事件発生
勝山市内路上に停めた車内で、被害者が窒息死。
「事故に遭った女性を病院に搬送している」と妻に嘘をつき110番通報させる。
任意聴取に対し「女性から助けを求める電話を受け、歩いて探しに行った」と説明。
積雪にも関わらずスリッパであるなど、不審な点あり→捜査開始される。
被害者の携帯電話は事件直後から不明。
2015/03/14 殺人の疑いで逮捕
2015/03/15 地検へ護送
勤務先などを家宅捜索
2015/03/17 「殺して」と頼まれたと供述していることが明かされる
【注目】嘱託を示唆する供述が報道で明らかになる
2015/03/31 拘留理由開示(福井簡易裁判所)
【注目】被告人は「殺してくださいと言われた」と陳述し、嘱託を主張。
裁判長は「証拠隠滅や逃亡のおそれがある」として勾留理由を開示。
弁護側は逃亡のおそれを否定。
被告人は黙秘を継続。
2015/04/03 殺人罪で起訴
【注目】捜査関係者の取材で、被害者の携帯電話の部品が見つかったことが判明。
殺害時、被害者が助手席にいたことも判明。
2016/09/12 初公判 (裁判員裁判)
【注目】起訴(2015/04/03)から約1年5か月後。
検察側と弁護側の主張が真っ向対立。(別表にて)
2016/09/14 第2回公判 証人尋問。
検察側証人:被害者が実際に相談していたカウンセラーが出廷。
「死にたいほど辛い」との訴えはあったが、遺言めいた言動はなく、
本心から死にたがっていたとは思わないと証言。
2016/09/15 第3回公判 検察側・弁護側が、それぞれ別の精神科医を証人として出廷。
・検察側証人(精神科医):被害者を実際に診察。
「根底に強い不安感はあったが、病名を確定する段階ではなかった。
自殺願望はなく、緊急的に入院する必要もなかった」と証言。
・弁護側証人(精神科医):被害者を直接診察していない。
上記カウンセラーが作成したメモ、および被告人の供述調書を基に意見を述べる。
被害者は精神的障害を抱えていたとし、
被告人は被害者に振り回され追い込まれた末に、
被害者の望みを受け入れたと推察。
2016/09/16 第4回公判
弁護側による被告人質問。
殺害時の詳細について供述。
「3度首を絞めた。2度目の失神後に、『無理です。殺してください。楽にしてください』
と何度も言われた」
「自分の仕事も間に合わず、自分ももう駄目だと諦めになった」
「抵抗はなかった」などと述べる。
2016/09/20 第5回公判
遺族による意見陳述。
携帯電話の破棄など、証拠隠滅を行った被告人に強い不信感を示す。
予定されていた論告求刑は、台風接近のため翌21日に延期。
2016/09/21 論告求刑
検察側は殺人罪として懲役13年を求刑。
弁護側は被害者の精神的障害に起因する事件であり、嘱託殺人にあたると主張。
2016/09/29 判決
嘱託殺人を適用し、懲役3年6か月。
2016/10/14 刑事判決確定
検察側・被告側ともに控訴せず、確定。
刑事裁判における争点
1. 争点の核
公判前整理手続きにより、争点は「真意に基づく、殺害嘱託の有無」
つまり、「被害者Sさんが、本心から被告人Mに殺害を依頼したのかどうか」
※公判前整理手続については、記事後半にて。
2. 初公判にて検察側・弁護側の主張
【検察側】ー「殺人罪」適用を主張
二人は男女の関係にあった。
被告人Mが、不倫関係の暴露などに危機感を持ち、殺害する動機があったとして、殺人罪の適用を主張
交通事故を装い、自身の妻に虚偽の110番通報をさせたり、ドライブレコーダーのSDカードや、被害者Sさんの携帯電話を破棄したりするなど、証拠隠滅を図ったことなども主張した
【弁護側】ー「嘱託殺人罪」の適用を主張
男女の関係であったことは認める。
被害者Sさんが、精神的な疾患であったと主張。
被告人は、これまでも何度も被害者Sさんの自殺を止めてきた。
「殺してください、もう無理です」と何度も頼まれた。
仕方なく、被害者の望みを受け入れた(嘱託殺人を行った)と主張。
民事裁判
【注】
※本資料は、民事裁判の手続経過を時系列で整理したものであり、評価は含みません。
※なお、当時の処遇(服役中/出所後)により、本資料中では「受刑者」「被告」の呼称が変化しています。
2017/05/10 民事訴訟
遺族が受刑者Mに対し、約1億2000万円の損害賠償を請求。
千葉地方裁判所で一審開始(民事裁判)
2021/01/13 一審判決(千葉地方裁判所)
「真意に基づく嘱託」は認められず、被告Mによる一方的な殺害と評価。
被告Mに対し、約8,600万円の支払いを命じる判決。
その後、被告側が控訴。
2021/07/29 控訴審判決(東京高等裁判所)
第一審判決を維持。
被告側の控訴を棄却。
民事判決
2017年5月10日、遺族が受刑者Mに対し、総額約1億2000万円の損害賠償を求めた訴訟の、第1回口頭弁論が千葉地裁で開かれた。
受刑者側は、「嘱託殺人と刑事裁判でも認められた。請求棄却を求める。責任があったとしても割合については争う」などと、
全面的に争う姿勢を示した。
2021年1月、千葉地裁は「真意に基づく嘱託は認められず、依頼のない状況で殺害」として、受刑者に約8600万円の支払いを命じた。
(二審)
2021年7月、続く控訴審も同様の判断を示した。控訴棄却。
公判前整理手続とは
さて、本事件の刑事裁判は、裁判員裁判で行われたため、一つの制度について記しておきます。
最初の公判期日の前に,裁判所,検察官,弁護人が,争点を明確にした上,これを判断するための証拠を厳選し,審理計画を立てることを目的とする手続です。 裁判所Q&A より
公判前整理手続とは
・刑事裁判の開廷前に行われる手続
・裁判官主宰のもと、検察官・弁護人が争点を明確化
・判断に必要な証拠を整理し、審理計画を立てる
制度趣旨は、法廷における審理を集中・迅速化することにあります。
この制度は、刑事訴訟法等の改正により導入され(平成17年11月1日施行)ました。
その特徴 裁判員裁判では必須 そして非公開
そして、公判前整理手続は、裁判員裁判の前には必ず開かれるものです。
法の素人が参加する裁判員裁判において、公判を円滑に進めるため、審理に先立って争点や証拠を整理しておくこと自体は重要。
公判前整理手続の特徴
・後に行われる公判とは異なり、非公開で実施される
・裁判所・検察官・弁護人(法曹三者)による協議内容は、原則として外部から確認することができないとされている
なお、この公判前整理手続は、年々、期間が長くなっていることが問題視されています。
その傾向
統計から見える傾向
・公判前整理手続は「期間」だけでなく「期日回数」も増加
・平成21年(2009年):平均2.8か月/2.6回
・令和6年(2024年):平均11.8か月/4.5回
制度趣旨は「迅速な審理」に置かれており、
公判前整理手続が開かれた事件では、公判自体は短くなる傾向があるとされています。
一方で近年は、
「前さばき」=公判前整理手続そのものが重くなっていることが、統計上も確認できます。
(参考:最高裁ウェブサイトに掲載された公判前整理手続に関する説明および統計資料より整理)
※平成21年は裁判員裁判対象事件の平均値(出典:最高裁統計)
※令和6年は直近データ(出典:最高裁統計)
この事件においての公判前整理手続
この裁判が関わる平成27年の統計(翌年公表の平成28年版)によれば、裁判員裁判対象事件における、公判前整理手続の平均回数は5.7回であり(期間は平均7.4か月)6回以上となった事件は38.4%にとどまっています。
これに対し、本件の刑事裁判では、公判前整理手続が起訴から公判までの1年5ヶ月の間に、計15回行われており、(2016年9月11日付 福井新聞より)
当時の平均水準から大きく外れていることを、ここに記しておきます。
この記事は、結論ではなく、一次資料確認のための作業ログとして位置づけます。
以降、これを基に私・秋津なりの考察をしていく予定です。
参考
福井新聞2015年3月 縮刷版
同年4月 縮刷版
2016年9月 縮刷版
裁判所「争点及び証拠の整理手続(公判前整理手続の説明)」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_keizi/keizi_05/index.html
裁判所(最高裁)「平成21年に行われた裁判員裁判:平均2.8か月/期日回数平均2.6回」
https://www.courts.go.jp/saibanin/vc-files/saibanin/103/H21-103digest.pdf
裁判所(最高裁)「令和6年:公判前整理手続期間平均11.8か月/期日回数平均4.5回」
https://www.courts.go.jp/saibanin/vc-files/saibanin/103/R6-103.pdf
犯罪白書(法務省)制度創設(平成17年11月施行)について
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/54/nfm/n_54_2_6_0_1_0.html?
犯罪白書(法務省)平成27年版 公判前整理手続
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_2_3_2_5.html
