※緊急で記事を書いています。今、もう黙っていられなかった。推敲しきれない点もありますが、伝えることを優先します。
先の衆院選で、大勝した高市政権。
元々、自民党支持の人や高市早苗氏を支持していた人が投票したのは納得できる。
それは、その人の信念で支持をしているのだろう。
しかし、「笑顔が素敵」「カッコいい」「新しい感じ」「女性首相だなんて、時代が動いた気がします」など、
政策の中身を問わず、笑顔や雰囲気だけで一国のリーダーを選ぶ。その光景に私は、言葉を失ってしまった。
高市氏の主義主張や掲げている政策など、何も知らないのではないか。
「サナ活」などと名付けられ、YouTubeで強制的に流れてくる広告のサブリミナル。
大勝後の擁護も、「スポーツ選手にも「失敗したら…」などと責める気か」も、一国の首相が背負う国と国民への責任を、スポーツ選手と同列に語ることに、呆れるより恐怖してしまった。
高市鬱なる言葉も出てくるほど、日本の未来が恐ろしくなる。
では、この恐怖は、今始まったことなのだろうか。
高市氏のこれまでのイメージ
ちなみに私の高市氏へのイメージは、以下の通り。
笑顔など無縁。
自民党タカ派の中でも、党議員たちから「高市は危険」と危険視されている、超攻撃的・狂犬的ポジションの人。
ゴリゴリの日本会議思想で、明治時代のような国家を目指す、皇位継承は男系男子しか認めていない人。
女性ではあるが、新しい日本の女性像ではなく、老獪な高齢男性議員たちに混ざり同化している人の印象がとても強い。
人によって感じるイメージは違うだろうが、政策だけを見てもまずは「国家」。
決して「国民生活に優しい政治を行う」タイプではない。
苦しい言い訳だが、実に「高市氏らしい」
選挙中は「消費税減税は、私の悲願」と言いつつ、実は本人の過去コラムには一度もそのような「悲願」は書かれていなかったことが、1人の記者により明かされた。
すると、コラムを全削除。いわば証拠消しだ。
それを指摘されると「更新していなかったので」と説明。
更新していなくても、政治家の思考の提示のようなコラム。
そのままにしておけばいいのでは?としか思えない。
女性天皇への道筋を、男子誕生で止める
さて、20年前、小泉政権時に「女性天皇への道筋」が審議されようとしていた。
もちろんこれは、当時皇太子ご夫妻の長女・敬宮愛子さまを想定してのことだ。
そして、忘れもしないNHKの国会中継。
秋篠宮妃紀子さまの妊娠を伝えるテロップ。
妊娠しているかどうかもまだ不安定な「妊娠六週」で、国会は止まった。
恐ろしい宣言
その前年に、当時の宮内庁長官が発言した
「秋篠宮ご夫妻に三人目のお子さまを…」
長官が独断でそんなことを言えるはずがない。
宮内庁長官にそんな指示を出せるのは、この世に数人しか居ない。
「秋篠宮夫妻に男子を産んでもらい、その子に皇位継承をさせよう」という意味だからだ。
皇太子夫妻が生んだ、敬宮愛子さまでは駄目だという意思表示だからだ。
これも、若い人達が聞けば驚くだろうが、宮内庁長官による「(暗に)男を生んでもらう宣言」
生まれる前から男子
生まれたのは男子。「ん、まあそうでしょうね」と思ったのは私だけではないだろう。
言っておくが、当時の私は皇室全体に敬愛の念を持っていた。
令和が始まる頃までは。
悠仁さま誕生のころ、おめでたい一色のムードではなかったように記憶している。
と言うか、さほど盛り上がらなかった。
「男子は生まれた。でも未来の天皇は敬宮さまだよね」と思っていた人は少なくなかったはずだ。
そのぐらい、敬宮さま人気は高かった。
何故なら、皇太子ご夫妻は生まれた子を隠すことなく、その成長と姿を国民に見せてくれたからだ。
そして、皇太子ご夫妻が、性別によらず生まれた子を・敬宮さまを、大切に愛していることが伝わってきたからに他ならない。
まだ赤ん坊の時、「パパー」と言った敬宮さまを、「アキシン」と呼ばれる秋篠宮家支持者は攻撃した。
パパと呼んだ幼児が徹底的に叩かれたのだ。パパと呼ばせていることにも。
その異様さを、剽窃という悪事を行い、当然批判される悠仁さまを、「いじめられている」と思ってしまう今の若者は想像できるだろうか。
それでも、皇太子ご夫妻は、敬宮さまを国民に隠さなかった。
悠仁さまは徹底的に隠された。
悠仁さまには、罰則付きの報道規制がかけられ、それは今も解かれてはいない(宮内庁HP)
秋篠宮家のOKがでなければ、報道は自由に書けないということである。
「悠仁さま、盗撮されて可哀想」などと思う必要がないのは、そのためである。
きちんと加工編集されている。撮影させているからだ。

雅子さまいじめ(国家的な人格否定と排除)
敬宮さまが生まれる前までの激務、とても子を望めないほどの激務、そして雅子さまを病気に追い込むほどの人格否定や攻撃。
あの攻撃は、当時の私はメディアが悪いと思っていた。
後に、それが国家的な雅子さま排除だったとわかる。
恐ろしいほど公務をこなしているのに、何もしていないように報道される。
そして、そうした酷すぎるいじめは今も続いている。
それでも、敬宮さまがお生まれになってからは、幸せそうなご家族の姿があり、とても明るい気持ちになれたものだ。
大きく変容したのは、やはり悠仁さま誕生以降だ。
皇太子ご夫妻だけではなく、まだ幼い敬宮さまに向けられた敵意、排除の動き。
それまで「敬宮」(称号)とメディアも呼んでいたのに、「愛子さま」に変えられた。
称号とは直系の子や孫にしか与えられない。そのぐらい、直系は重みが違うのだ。
そして、傍系宮家である悠仁さまには称号はない。
(秋篠宮は宮号、つまり宮家の名称。苗字でもない。故に「秋篠宮悠仁」という人物は存在しない)
直系の重み。敬宮さまは、男系女子。男系である
愛子さま、佳子さま、悠仁さま。
並べれば同列に見える。
しかし、直系は格が違うのだ。
ちなみに、もし今上陛下から敬宮さまに継承となれば、それは男系継承だ。
女系継承だと、読み誤ってはならない。
敬宮さまは男系の女子。父方で天皇の血統につながっているからだ。
男系男子派は、敬宮さまが男系であるにも関わらず、女系だと意図的に誤解させる気満々のように感じている。
SNS上では騙されている人も一定数見かけるので、注意してほしい。
「現行制度では」、皇族は男系に限られているので、当然敬宮さまも男系である。
問題は男系かどうかではなく、「男子に限る」かどうかなのである。
次世代は次世代で決めれば良いのでは?
数十年先のこと、今の日本人、大半はもう居ませんから。
敬宮さまを皇位継承からはじき出し、はるか昔皇族だった者の末裔を皇族に。その子孫を天皇に…
馬鹿げすぎています。
称号は幼名ではない
宮内庁は「称号は幼名なので…」と述べる。しかし、黒田氏と結婚された紀宮さまは、ずっと紀宮さまと呼ばれていた。
30代半ばまで成年せず、ご幼名のまま降嫁されたとでも言うつもりだろうか。
国家機関が、平然と整合性のない強弁を振るう、その異常さに背筋が凍るのだ。
高市のコラム消しと同レベルの「後づけの言い訳」にすぎない。
全てが一本の線上(特定の思想)に立っている
万世一系。Y染色体を継ぐ…?
男系男子を絶対視する者たちは、「万世一系」という言葉を振りかざす。
2600年以上、男系男子だけで繋いできた世界最古の王朝だと。故に、世界から尊敬されると。
そもそも、万世一系とは何か。
明治時代、天皇の神聖性を高めるため、国家神道体制の中で強調され始めた概念だ。
いかに天皇が特別で、絶対的で、神聖な存在かを示すための装置として言い出されたことだ。
そうやって、臣民(天皇陛下の国の民)に、天皇という存在を崇めさせたに過ぎない。
「神武天皇からY染色体で胤を繋いできた」などという話は、科学的根拠も証明も存在しない。
男系どころか、血統を繋いでいる証明すらできない。
ロマンでも伝統でもなく、信仰の域を出ない。
それを、まるで絶対不変の歴史的事実のように扱い、この現代国家の制度を縛ろうとする。
冷静に考えるまでもない。あまりに脆弱な前提の上に立っている。
会議ではなく、お仲間の密談では?
高市は、「私は女性天皇には反対していない」と言う。
しかし「女系は反対(男系を維持しなければならない)」としている。
男系男子派のスタンスはこうだ。
「悠仁さままではゆるがせにしてはならない(それ以降は女性天皇も認める)」
高市は国会にて、有識者会議の案を支持していると明言した。
つまり「皇位継承は悠仁さま。愛子天皇は無い」ということだ。
有識者会議とは言うものの、実態は男系男子維持を前提とする人選で固められている。
委員構成を見れば、男系維持論者が多数を占めている。
「国民会議」と同じやり口だ。
ちなみに日本会議は思想団体であり、日本国のことを決めるような、国家的な組織ではない。
しかし、国会議員の多くがその会合に出入りし、改憲や男系維持を政策として共有している。
全ての問題は、同じ思想の者たちにより動かされている
ここまでを、偶然の積み重ねだと思うだろうか。
悠仁さま誕生も、
雅子さま排除という国家的ないじめも、
女性天皇議論の封殺も、
称号の扱いの変更も、
すべては、男系男子を絶対とする思想のもとで、二十年かけて積み上げられてきた流れだ。
そして持ち上げられてきたのが、男子を「必要とされた存在として」作り出した秋篠宮家。
しかし、小室圭の出現によって、男子誕生でやりたい放題のありさまが露見した。
それでもなお、政財界とメディアに影響力を持つ思想団体は強い。
その戦略は止まらない。
そして今、その延長線上で、先陣を切るのが高市氏。
「早苗さんカッコいい」
その軽い一言が、二十年かけて作られてきた思想の延長線上に乗っている。
浅薄な思考で、安易に高市を支持した人の多さが、日本の大切なものを壊そうとしている。
ここまで積み重なった事実を、私たちは単なる「偶然の連続」として片付けてしまって良いのだろうか
皮肉なのは、雅子さまいじめに怒っていた人たち、愛子さまが天皇になるのがいいなと思っていた人達が、同時に真逆の思想の本丸を応援していることだ。
この矛盾に気づかない。
憲法までいじる高市政権
高市政権は、憲法も改悪する気でいる。圧倒的支持を盾に。
高市氏は「憲法とは国の理想を記したもの」と語った。
違う。
憲法は本来、権力者を縛るものだ。
それを「理想」と言い換え、邪魔な制約として変えようとする。
その危うさに、私たち国民は、本当に気づいているのだろうか。
「我が国で決める」ーそれは議論前提のもの
さらに言えば、男子に限る皇位継承は女性差別にあたると、国連から是正を求める勧告を受けている。
その際、日本側は「特定の思想」の者が参上し、「我が国の根幹に関わること。我が国のことは我が国で決める」と反発した。
では問いたい。
本当に「我が国」で決めているのか。議論は開かれているのか。
一部の偏った思想を持つ者たちだけで、国の根幹を決めているのではないか。
男系男子派は言う。
「雑音のない静謐な場で、粛々と進めるべきだ」と。
だが、その発想こそが異様なのだ。
議論を排し、異論を「雑音」と呼び、静かに決めることを美徳とするような綺麗事。それは民主主義ではない。
その思考こそが、カルト的である。
自民党の改憲草案は、軍国主義、明治時代に遡るような有り様だ。
皇位継承も憲法も、国家の骨格だ。
その両方が、同じ思想圏で動かされている。
凄まじい矛盾と歪みを感じる。
高市鬱は、同じ国民への絶望か
「高市鬱」は、高市政権から見える日本人の愚かさを嘆いているのだと、つくづく思う。
しかし、高市政権を支持した人が望んでいたのは、「皇室典範」でも「憲法」でもない。
国民生活が安定し、楽になるような政策だったはずだ。
しかし、高市氏は、国民が望むことには手を付けず、国の根幹を揺るがすことを一気に変えようとしている。
SNS上でも「高市に騙された」と怒りの声が増えてきているが、高市の危険性は選挙前から多くの人が声を上げていた。
果たして彼らは騙されたのだろうか。
むしろ、選挙前から発せられていた多くの警告に、自ら耳を塞いでいたのではないだろうか。
もし今、違和感を抱いている人がいるなら、まだ遅くはない。
戦時中の「非国民!」のように「反日外国勢が!」と。
空気に流され、熱に浮かされ、なんとなーくで投票した行為が、日本の未来を分けた。
ちなみに、反日外国勢が!のレッテル貼りは、皇室系界隈ではアキシンの常套句である。
皇室典範改悪
「高市は、愛子天皇など実現しない。むしろ逆です」とSNSで言ってきたが、「皇室典範改正」に期待した人は多かったはずだ。
国民が思う皇室典範改正とは、「女性にも皇位継承権を」であった。
まさか「遥か大昔に皇族だった者の末裔を皇族にします、今の女性皇族の子孫は皇族じゃないです」という皇族入れ替え案だなんて思わない人が多かっただろう。
しかし、日本会議、そしてその思想圏ととても近いと指摘されてきた統一教会の思いは、秋篠宮家に皇統を移したくて20年以上動いているようだ。
これを悲願という。
日本の未来
民主主義の基本は話し合い、誰もが意見を言えることだ。
それにもかかわらず、ネット上には「負け犬は黙ってろ」の意見ばかり。
白紙委任で支持を得て、その白紙に何を書かれてもいいのか。
勝者が少数意見を排除し、すべてを思い通りにすることが許されるのならば、
それは果たして、私たちが目指してきた「民主主義」と呼べるのだろうか。
全体主義では…ないだろうか。
名のある人も高市支持ばかりになり、戦前・戦時中の様相になってきたのだなとつくづく感じる。
ぼろ負けしている日本軍の現実を隠し、国民には「今日も大勝している!我が日本軍は敵無し!」と伝えていた戦時中の大本営発表。
今の政権、そして秋篠宮家報道で、つくづく感じている。日本の未来が明るいものだとは、とても思えない。
そして国民。
国家は人。人が愚かになれば、未来は暗い。
高市鬱、秋篠宮鬱である。
いずれ、万歳!しか言えなくなるかも知れない日本。今のうちに声を上げ記録しておく。
秋津まなこ
